中国のHIPHOP(以下ヒップホップ)は、近年大きな発展を遂げています。
かつては地下文化の一部だった中国のラップが、2017年の「The Rap of China(中国有嘻哈)」の放送以降、国内外で大きな注目を集めるようになりました。このブログでは、中国ヒップホップの魅力的な歴史、政府の規制、国際的な成功について紐解きます。
また、中国で超人気のラッパー5人や、ラップ関連の中国語についても紹介しています。
中国ヒップホップの今を知るための第一歩として、ぜひこの記事を参考にしてください。
中国ヒップホップを紹介するTikTokを運用しています。中国ヒップホップが気になる方は、ぜひチェックしてみてください。
中国のヒップホップ史
中国のラッパーに興味がある方は、中国ヒップホップの歴史についても興味があるはず。
「中国のヒップホップってどんな歴史があるの?」
「ヒップホップ禁止されたって聞いたことあるけど本当?」
このような疑問にお応えすべく、まずは中国ヒップホップ界の歴史を超ざっくり解説します。
アンダーグラウンド時代(1990年~)
ヒップホップ元年(2017年)以前の中国ラップ界は、主に地下文化の一部として存在していました。
90年代後半から2000年代にかけて、中国の都市部でヒップホップ音楽が徐々に広まり始め、「周杰倫(JayChou)」や「潘瑋柏(WillPan)」「熱狗(MCHotDog)」などの超有名歌手が、中国語でラップを試みる動きもありました。
しかし、この時期の中国のヒップホップは広く一般に知られる存在ではありませんでした。
ヒップホップ元年(2017年)
中国のヒップホップ元年は、一般に2017年とされています。
この年、中国で放送された人気のラップバトルリアリティ番組「中国有嘻哈」(The Rap of China)が大きな成功を収め、中国全土でヒップホップ文化が急速に広がりました。
この番組は、多くの才能あるラッパーを国民的な注目を集める存在へと押し上げ、中国のヒップホップシーンを一躍人気の高い音楽ジャンルに押し上げるきっかけとなりました。
ヒップホップ禁止令(2018年)
番組の影響で急速に大衆化したヒップホップですが、事件が起きます。
「中国有嘻哈」(The Rap of China)でW優勝したうちの1人、「PG One」の不倫スキャンダルがあり、彼の楽曲が大衆の非難の対象となりました。特に、大麻仕様を促すようなリリックや、女性蔑視的なリリックなど、彼の過激な楽曲が問題となりました。
これを受けて、ついに2018年1月、中国政府はヒップホップ文化や刺青を持つ芸能人をテレビやラジオから排除するという方針を打ち出しました。
この動きは日本では「ヒップホップ禁止令」として報道され、中国のヒップホップシーンの将来に懸念を示す声が上がりました。
中国ヒップホップの現在
実は、ヒップホップ禁止令が出た後も、中国のヒップホップシーンは盛り上がり続けています。
特に、2017年以降に世界で注目を浴びた中国成都出身のヒップホップグループ「Higher Brothers」の活躍があり、中国のヒップホップは世界中に存在感を示しました。
Higher Brothersとは?
Higher Brothersは馬思唯、KnowKnow、Psy.P、Meloの4名からなる中国成都出身のヒップホップグループです。
方言である「成都語」を活かした独自のスタイルと流暢な英語のラップで国際的な認知度を高めています。
彼らはリッチ・ブライアンやjojiらを擁するアメリカのレーベル「88rising」に所属し、アジアと西洋のヒップホップ文化の架け橋として活躍しています。
ラップに関する配信番組も、政府の規制に配慮しつつも毎年新作が公開され、新たなスターを生んでいます。ラッパーが地上波のテレビ番組に出演することも多くなりました。
これまで国内市場に閉じこもりがちだった中国音楽業界ですが、現在は国外の音楽配信プラットフォームでも多くの楽曲が視聴可能となり、コロナ後には日本や東南アジア、欧米などワールドツアーを行っているラッパーも少なくありません。
国外のアーティストとコラボ楽曲を発表するラッパーも増えており、中国外に移住する華僑らの後押しもあって、これから中国ヒップホップは世界へ広がっていくでしょう。
中国ヒップホップの特徴
「中国のヒップホップって、ヒップホップの歌詞が中国語になっただけじゃないの?」とお思いの方もいるでしょう。実は、中国ヒップホップは日本や欧米とは異なる特徴があり、これを知るだけで中国ヒップホップを聴く面白さが激増します。
そこで、中国のヒップホップの特徴を私なりに解説します。
伝統的な中国文化との融合
中国ヒップホップは、伝統的な中国音楽の楽器や詩のリズムを用いることで、独自のスタイルを生み出しています。
中国の古典音楽や民族音楽の要素を取り入れることにより、ユニークな音色やリズムを創造しており、これが中国ヒップホップの魅力の一つです。また、古典的な詩的表現や寓話を引用することで、深い文化的意味合いを歌詞に込めることもあります。
同音多義語の使用
中国語は同音異義語が非常に多い言語であり、これを利用した複雑な韻を踏む技術が中国ヒップホップの特徴です。
みなさんも学生の頃に国語で漢詩を習ったと思います(李白、杜甫、五言絶句、七言律詩など…)。昔から中国人は韻を踏むのが大好きなのかもしれません。
同音異義語を駆使することで、歌詞に多層的な意味を持たせたり、聴き手に予想外の驚きを提供したりすることができます。これにより、歌詞の中に隠されたメッセージや、言葉の遊び心を楽しむことができます。
方言の使用と地元意識
中国は多様な方言が存在する国であり、多くのラッパーは自身の地元の方言を使用しています。
領土の広い中国には様々な方言があり、「同じ中国語を喋っているはずなのに言葉が通じない…」なんてこともしばしば。
そのため、地元への誇りを示すために、あえて方言のまま歌うラッパーも多く、音楽には強い地域性があります。また、方言を用いることで、その地域特有の文化や価値観を音楽を通じて広める役割も担っています。
かつて、「中国語はラップに向いていない」と言われていました。その理由は、標準的な中国語(普通語/北京語)には、「腔調」と呼ばれるアクセントやリズム感が弱く、英語ラップのような多彩な表現を行うのが難しいとされていたからです。
しかし、Higher Brothersの活動拠点である成都市で話されている四川語は、普通語よりもアクセントや発音に特徴があり、ラップ音楽、特にトラップのビートに適しています。
こうした流れを受けて、成都は中国ヒップホップの中心地となっていったのです。
さらに、中国各地には地元に根差した様々なヒップホップクルーがあり、ビーフも盛り上がっています。中国ラップの聖地と言えば成都ですが、重慶、西安、長沙など他にもヒップホップが盛んな地域が多くあります。
特に最近は、ドリルが盛んな新疆のヒップホップがアツいです。
日本では「レペゼン◯◯」と地域のトップを自称することが多いですが、中国では同じ地域のラッパーは仲間という意識がかなり強いのも特徴ですね。
フリースタイルより楽曲重視
日本ではメディアの影響もり「ラップ=フリースタイル」のイメージが強いですが、中国ではフリースタイルラップが日本ほど普及していません。
フリースタイルラップは、即興で行われるラップのスタイルで、アーティストがその場でリリックを創作し、パフォーマンスを行うものです。
中国でも「地下8英理」というアンダーグラウンドのラップバトル大会が毎年開催されており、新人ラッパーの登竜門になっています。しかし、最近表舞台に出ているラッパーはフリースタイルが苦手な人の方が多いです。
中国で有名なフリースタイルラッパーと言えば、「貝貝」です。HigherBrothersの馬思唯とのバトルは中国では伝説になっています。
表現の自由に関する課題
中国のヒップホップアーティストは、政府の規制や社会的な規範の中で表現を行っています。
これにより、歌詞の内容やテーマには一定の制限が課されることがあります。特に政治的なテーマや社会批判的な内容は敏感であるため、アーティストは創作活動において慎重な姿勢を取る必要があります。
そのため、海外のヒップホップのような「薬!女!反体制!」のような曲がほとんどありません。
(酒!金!のような曲はわりとあります。)
実際に、歌詞や曲のタイトルが原因で、音楽プラットフォームから削除されてしまった楽曲も。
この制約は、彼らの創造性に影響を与えることもありますが、同時に表現の工夫や新しいアプローチを生み出す機会にもなっています。
人気の中国ヒップホップはどこで聞ける?
みなさんご存じの通り、中国ではYouTube、Spotify、Instagramなどのアプリが使えません。中国現地のプラットフォームがあり、それらを使用しています。
そのため、以前は中国ヒップホップに関する情報を手に入れるのが容易ではありませんでした。
しかし、徐々に現在の中国のヒップホップは、様々なオンライン音楽プラットフォームや音楽ストリーミングサービスで聴くことができる楽曲が増えてきました。
例えば、SpotifyやApple Music、YouTubeなどで中国のヒップホップアーティストの曲を探すことができます。
ただし、中国国外では全ての楽曲を聴けるわけではありません。中国国内の音楽サービスであるQQ音楽や网易云音乐(NetEase Cloud Music)では、ほとんどの中国ヒップホップの曲を楽しむことが可能です。
(※基本的に日本からはアプリDL不可)
《超厳選》中国で人気のラッパー5選
「ヒップホップ愛好家」と「一般リスナー」がお気に入りのラッパーには、しばしば違いがあるかと思います。
今回のブログでは、あえて後者に焦点を当てて、中国のラップシーンにおける一般的に人気のあるラッパーたちを独断と偏見をもとに紹介します。(SNSのフォロワー数や楽曲の再生回数なども参考にしています。)
これから紹介するラッパーの楽曲は、AppleMusicやSpotifyでも視聴可能です。
「中国でどんなラッパーが人気なの?」と気になっている方はぜひ参考にしてください。
①【馬思唯(masiwei)】Higher Brothersで世界的な知名度
名前 | 馬思唯 (masiwei/マスウェイ) |
出身地 | 四川省成都市 |
生年月日 | 1993年1月27日 |
所属 | CDC成都集团 |
個人インスタグラム | @masiwei1993 |
馬思唯(Masiwei/マスウェイ)は、現在の中国のヒップホップシーンを語る上で最も欠かせないアーティストです。「名前だけは聞いたことがある!」という方も多いのではないでしょうか。
中国の若い世代の間では圧倒的な人気と知名度がある彼はBoomBap、Trap、R&Bなど様々な曲調を歌いこなし、アルバムやミックステープを出すたびに数多くのヒット曲を出しています。
また、88risingに所属する中国のラップグループ「Higher Brothers」のメンバーとしても知られており、2017年に公開した『made in china』はYouTubeで2500万再生を超えています。
閉鎖的な中国市場から飛び出し、アジアを代表するヒップホップアーティストとして、国内外での成功を収めている稀有な存在と言えるでしょう。
馬思唯は2023年10月には東京で単独来日公演を行っており、今後また日本で彼のライブが見られる可能性もありそうです。
さらに、彼は『a few good kids(以下afgk)』というアパレルブランドも立ち上げて成功を収めています。日本でもafgkのスタジャンが大流行したため、ロゴに見覚えがある方もいるのではないでしょうか。
日本のストリートファッション界でも大きな存在感のあるブランドです。
②【GAI周延】ギャングスタラップ×中国伝統音楽
名前 | GAI周延 |
出身地 | 四川省内江市 |
生年月日 | 1987年3月22日 |
所属 | 种梦音乐D.M.G |
個人インスタグラム | @gai_zhou |
GAI(周延)は四川省内江市出身の中国のヒップホップアーティストです。かつてはギャングスターラップスタイルと中華風の2つの要素が特徴で、若者に限らず中国国内で絶大な支持を受けています。
「中華風のラップ・ヒップホップといえばGAI」と言って間違いなく、彼の楽曲は多くの中国人の文化的アイデンティティを刺激しています。
代表作には「超社会」、「江湖流」、「爱如潮水」などがあります。
彼はヒップホップの盛んな重慶でナイトクラブのMCとしてキャリアをスタートし、重慶のヒップホップレーベルGO$Hを設立しました。
2017年、彼は中国でのヒップホップ人気の火付け役である配信番組「中国有嘻哈(The Rap of China)」に出演してチャンピオンに輝き、全国的な知名度を得ました。
その後も数多くの番組に出演し、若者に限らず中国国内では絶大な知名度を誇っています。
現在は中国の大手レコード会社「种梦音乐D.M.G」に所属し、音楽以外にも映画やドラマなどにも活躍の幅を広げています。
③【Jony J】ヒップホップの詩人
名前 | Jony J |
出身地 | 福建省 |
生年月日 | 1989年12月28日 |
所属 | SHOOC |
個人インスタグラム | @jonyj24 |
大衆人気ナンバーワンの中国人に愛されているヒップホップアーティストといえば、間違いなくJony Jです。
彼の魅力はラップの実力もさることながら、社会問題や個人的な経験を反映したリリックです。リスナーの胸を打つようなリリックから、「ヒップホップの詩人」と言われています。
中国ヒップホップブームの火付け役となった、2017年の「中国有嘻哈(The Rap of China)」では4位に輝いています。
筆者の友人である中国人留学生の多くも彼のファンであり、普段ヒップホップ・ラップを聴かない人でも「Jony Jの曲は好き」と語る人は多いほど。
気になった方は、Jony Jの歌詞をぜひ翻訳してみてください。
④【法老(Pharaoh)】中国ハードコアラップの頂点
ffa名前 | 法老(Pharaoh) |
出身地 | 浙江省嘉興嘉兴海寧市 |
生年月日 | 1992年10月11日 |
所属レーベル | 活死人(Walking Dead) |
中国のハードコアラップといえば、法老(Pharaoh)です。
中国ラップ界において、ハードコアラップで彼の右に出る者はいません。驚異的なスピードと内容の深い歌詞で知られています。また、ハードコア以外のスタイルも得意としており、そのラップ技術は高い評価を受けています。
代表曲には、「Ghost face」「会魔法的老人」「百变酒精」など。
2016年にヒップホップレーベル「活死人(Walking Dead)」を設立しており、中国ヒップホップ界の一大レーベルの1つとなっています。
彼のキャラクターはかなりユニークで、ライブや番組でネタ系の演出をしたり、予想外の言動をしたりすることがあります。(2023年夏にも急に引退宣言をしてリスナーを驚かせました…)
時々「なんだこれ?!」と思わせるような楽曲もありますが、どの楽曲にも中毒性があり、リスナーを虜にする魅力がある人物です。
2023年12月には、新レーベル「2727」を発表しました。ラップの実力だけでなく、人間的魅力も備える彼の活躍には目が離せません。
⑤【Tyzzy T】若者を中心にアイドル的な人気
名前 | Tizzy T |
出身地 | 広東省潮州市 |
生年月日 | 1993年2月22日 |
所属 | SFNT |
個人インスタグラム | @tizzy_768 |
ラッパーにも関わらず、甘いルックスと確かな実力でアイドル的な人気があるのがTizzy Tです。
ドレッドヘアとユニークなたたずまいで、2017年の「the rap of china(中国有嘻哈)」で視聴者に大きな印象を残し、ブレイクしました。どこか「ヒップホップに憧れたやんちゃな青年」のような雰囲気で、楽曲もかなり印象に残るのではないでしょうか。
それから2022年に配信された「the rap of china(中国说唱巅峰对决)」に出場しています。ラップの実力が伸び、ビジュアルもかなり垢抜けていることがわかります。
現在では、若者を中心に中国の中でも人気のあるラッパーの1人まで成長しています。
ヒット曲も多く、今では若い女性だけでなく男性にも多くのファンがいます。2023年には「SFNT」というレーベルを設立しました。
ヒップホップに関する中国語
ここは完全におまけですが、ヒップホップに関する中国語を紹介します。
中国ヒップホップ関連の情報をリサ―チするときに、ぜひお役立てください。
ヒップホップ | 嘻哈 |
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ラップ | 说唱 |
パンチライン | 妙语 |
ライム | 韵脚 |
フリースタイル | 即兴 |
サイファー | 接力 |
トラップ | 陷阱说唱 |
オールドスクール | 老派说唱 |
ジャズ | 爵士说唱 |
メロディック・ラップ | 旋律说唱 |
ハードコア・ラップ | 硬核说唱 |
中国の人気ヒップホップまとめ
中国のヒップホップは、2017年の「中国有嘻哈」の成功をきっかけに、急速な発展を遂げました。政府の規制にもかかわらず、中国ヒップホップは国内外で注目を集め、特に「Higher Brothers」などのアーティストが国際的な成功を収めています。
現在、中国のヒップホップはオンラインプラットフォームを通じて広く聴くことが可能です。中国ヒップホップに関心がある方は、これを機にその多様な魅力に触れてみてはいかがでしょうか。
また、中国HIPHOPを紹介するTikTokも運営しているので、気になる方はぜひご覧ください。